ガボールナギーはどうやって技術を学んだか?、なぜメンズジュエリーを作ったのか?
1999年1月発売のシルバーアクセサリーバイブルに掲載されている。本の制作は98年にされ発売後の1月にガボールナギーは亡くなった。
シルバーは15歳の時から扱っていたな。 最初 は給料無しのある工房で10年位修行してい たんだ。その後、フリーデザイナーになって 3~4つの会社からデザイン依頼されるよう になった確か、年間10万~15万ドルの収入 があったな。 中には、その時、俺がデザイン したものを今でも使っているところもあるぜ。 当時は、女用のアクセサリーが主流で、男が 身に付けるアクセサリーはほとんどなかった。 そこで、男用のアクセサリーを作ろうと思ったんだ。周りにいた奴らには、男用のアクセ サリーを作ったって売れっこないってさんざん笑われたけどな。 初めは細いネックレスな んかを作っていたけど、その後、太めのものをやりだすようになっていったんだ。 シルバ アクセサリーを初めてオリジナルで作りのは、ベニスビーチの本当に狭い小さ い小屋だったんだぜ。だけど、俺のシルバーア アクセサリーのうわさが広まって、 ハリウッドからガンズ&ローゼスやエアロスミスなんのスターミュージシャンが作ってくれってたくさんやってきたよ。雑誌とかテレビから 取材をさせてくれって依頼が多かったけど、全部断ってやったぜ。 なんでかっていうと、そのまんまの自分でいたかったから。 大 きくなりたくなかったんだ。
(シルバーアクセサリーバイブルより)
メンズアクセサリーの元祖ガボールナギーは自分という存在をわかっいて、名が売れても変わりたくなった。そのスピリットが大量生産ではないガボラトリーのアクセサリーが今なおガボールナギーと共にガボラトリーを立ち上げたパスカルZAZA率いるガボラトリーで続いている
知る人ぞ知るアクセサリーそれがガボラトリーである。
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